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2010.10
21
(Thu)

ピーチボーイから得た教訓。 

桃太郎


大学のプログラムに、「PPD Week」というのがあり、そこで普段の授業とは少しかけ離れた講座をいくつか受講することになる。


そのときに、私は”いかにうまく表現するか”というような感じの内容の授業を取り、5~6人の少人数クラスに参加したのだった。


そこで、「とにかく何でもいいから、自分の知ってるストーリーを隣の人に話せ」というお題が出たので、咄嗟に思いついた桃太郎について話し始めた。


「PEACH BOY」

Once upon a time, an old man went to the mountains to gather firewood, and his wife went to the river to wash clothes.


みたいに、適当に訳し、最後まで話し終えた。短めのストーリーを、と思って桃太郎を選んだのだが、お供(猿雉犬)の部分を端折っても、意外に長くて、訳し終わった時には、ぐったりしていたのだが。その直後、アメリカ人の女の子に、間髪言わずこう言われた。


「で?その話から何が学べるの?」


確かに、大体御伽噺なんてもんは、何かしら教訓めいたものがベースにあるものである。しかしながら、桃太郎って一体何を教えるための物語なのか、即答できなかった。


花咲か爺さんとかだったら、正直者が最後に得するとか、さるかに合戦やぶんぶくちゃがまとかだったら悪への復習とかあるんだろうけど、桃太郎から何が学べるんだろう。としばらく考えこんでしまった。だって鬼ヶ島とか言ってるけど、この鬼が何か村で悪いことしてるとか、そんな情報無いよね。


子供ができなかった老夫婦に子供ができて、尚且つお宝もがっぽり、ラッキー☆っていう話なんだろうか。その割には夫婦よりも何だかわからない少年に焦点を当てすぎてる気もするしな。


そして思ったのだけれど、日本の話、子供ができない老夫婦の話多すぎじゃない?桃太郎、、かぐやひめ、垢太郎、一寸法師、かさ地蔵等々。昔はすごく大きな問題だったりしたのだろうか…。


っていうか、それ以前に若者が主体者であることが少なくて、若者は異境から来た、とか行っちゃったとかが多くて、基本的には老人が主体になってることが多い気がする。でもグリム童話とか子供が主体のことが多い気が。


何でなのだろう…。調べだしたら、重そうなテーマだけど。
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