• 05 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • » 07
--.--
--
(--)

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012.03
08
(Thu)

空飛ぶ車 

terrafugia



Terrafugia社の“空飛ぶ車”が今年のニューヨーク国際モーターショーに出展されるらしい。


MBAのイノベーションのクラスのケーススタディでやったので、非常に感慨深いものがある。


私も新しい製品を担当していて、社内の各所から「何なんだ、あいつらアホか」みたいなこと言われたりするけど、こういう夢のある製品をワクワク感を持ってやれる、っていうのは、ラッキーなことだと思う。会社に開発を続けて行く体力さえあれば。


授業で、翼が折りたたみ式なのを動画で見て、「え?どこに燃料入ってんの?」とつぶやいたら、周りにいた同級生が「え?飛行機の翼って、何か入ってんの?空じゃないんだ。ラクダみたいだね」と言ったのを思い出した。




http://www.terrafugia.com/
2011.04
30
(Sat)

卒業式 

2011年、4月30日。とうとうこの日がやってきた。MBAの卒業式である。プログラムはたしか165人くらいだったと思うが、今回の卒業式に参加表明をしたのは、そのうち140名。(実際来たのは120人ちょいくらいだったっぽい。)素晴らしい参加率である。


ウィリアム・ケイト
たまたまウィリアム王子とケイトの御成婚の次の日だったため、イギリス入りも混んで大変かな、と思ったが、時間がずれていたためか、比較的スムーズに到着することができた。例年と違い、日本のゴールデンウィークに当たっていたため、かなり前から航空券を手配していた。


日本に就航したばかりの格安航空、エアアジアXでイギリスに向かう。羽田~スタンステッドというルートを使えるのは非常に魅力的である。成田は遠すぎるし、ケンブリッジに行くにはヒースロー空港は遠すぎる。(スタンステッドなら40分くらいの距離である。)


服装
まず朝起きて、卒業式に必要なガウンを借りに行く。卒業式の服装規定はとっても厳しい。事前に服装チェックがあり、そこをパスしないと卒業式自体に参加することは許されない。男性であれば、フォーマルな礼服に白いシャツ、白い蝶ネクタイに白い蝶ネクタイに付ける布みたいなやつ。靴下は黒以外許されない。女性は黒いスカートスーツに白いシャツ、もしくは黒いドレスである。ストッキングは肌色か黒。両方とも靴は黒。その上にMA用(修士以上の人)のガウンを羽織り、緑色のフードを付ける。このフードが取得した学位を表す。例えばMaster of Artsなら赤、Master of Philosophy なら青、という感じ。MBAは緑である。



集合
その後、MBA全体でビジネススクールの前で記念撮影。入学式の時の写真も同じ場所で撮った。


practice
その後は各自のカレッジに分かれて食事、その後卒業式の予行練習。意外に面倒なようだ。この太ったおじさんは何のためにいるんだろう…と昔から謎だったのだけれど、卒業式では大活躍していた。基本的にはラテン語で式が執り行われるため、何を言っているかはよくわからないので、手を差し出したら指を1本ずつつかむ、帽子を2回取ったら元の位置に戻る、等様々な合図を教えてもらう。


Pimmsimage
その後かなり時間が空くため、同級生達と近くのパブにPIMM'Sを飲みに行く。突き抜けるような青空の下、だらだらお喋りしながら、イギリスでイギリスらしい夏の飲み物を飲める幸せ。(写真がPimm's。必ずキュウリが入っているのが納得できない)


行進
卒業式にはカレッジごとにまとまって、式の布陣で行進していく決まりになっている。4人縦隊で式の行われるSenate Houseに行く。今まではケンブリッジの学生として、卒業式のこの行進を外から眺めていたけれど、見られる側に自分が加わっていることが不思議に感じる。街中の人にかなり写真も撮られた。


ceremony
カレッジ代表が手を差し出したら、4人がそれぞれ指を1本ずつ掴む。するとラテン語で何かを言うので、終わったら元に戻って、名前が呼ばれるのを待つ。名前が呼ばれたら、前に出て跪き、手を胸の前で合わせる。するとその手を挟まれ、またラテン語でつぶやかれる。(ちなみに式場内撮影禁止。この上の写真は後で購入する。ジェットコースター一番怖いところで撮られるやつとシステムが似てる。)


lawn
その後は出口に歩いて行って、芝生で写真を撮ったりする。これ正式な卒業式は終了。しかしビジネススクール主催のハイティーがあったり、その後クラブに繰り出したり…と、催し物は夜明けまで続いたのだった…。
2010.10
26
(Tue)

回顧。 

kngscpl


ケンブリッジで過ごした1年間はあっという間に過ぎ去り、私は日本に帰国した。MBAが取れることも決定した。

振り返ってみると、このブログも約230エントリを数え、230/365で、大体3日のうち2日はアップしていた計算になる。他の同級生のような熱いことも書いていなければ、そんなに真面目なことも書いていず、質より量、といった感じも否めない。どちらかというと生活情報ばかりで、MBA生のブログとは思えん、と言われたこともあった。それでもきっとここに書いたことは、将来私の記憶のアーカイブとなってくれるに違いない。


最初のうちは、ケンブリッジの街の良さを私は全くわかっていなかった、と思う。最後の方でイギリス国内旅行をしたのだが、他の工業都市などに比べて、何とケンブリッジの街の美しいこと!よくよく考えてみれば、私はそれまでロンドンとバーミンガムの田舎の方しか行ったことが無く、しかもバーミンガムの方は20年前に行ったっきりだったので、実質ロンドンしか知らなかったのだ。


もちろんロンドンは都会なので、都会好きの私にはたくさんの魅力がある。しかし、ケンブリッジには何にも代え難い、伝統的な建築物と雰囲気、そして自然の美しさがある。建物が古いだけじゃないか、と思われるかもしれないが、その中で落ち着いて暮らしたことは私の中でかけがえの無い宝となった。


もしこのブログが、ちょっとでも自分のためのアーカイブ(記憶の保存場所)としてだけでなく、他の人の役に立ったりしたことがあったならば、非常に喜ばしい限りである。


今後は、元々やっていた自分のブログに戻るので、このブログは、何か留学中に起こったことで、覚えておきたいことを思い出した時や、来年春の卒業式までアップしないかと思うけれど、それまでしばしのお別れです。


ありがとうございました。


なお、今後は昔から続けているこちら↓のブログに戻って日々のことを書いていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。


らくだホテル
2010.10
25
(Mon)

リバプールの思い出。 

帰国の数日前に、リバプールに国内旅行をした。


私は学生の頃ものすごくビートルズが好きで、ファンクラブに入って海賊版を集めていたりするような、そんな中高時代を送っていた。


その頃、好きがこうじて、ジョンレノンの命日には学校をさぼって、毎年NYのセントラルパークにある、ストロベリーフィールズに行って、世界中から集まったファンとダコタ・アパートを見上げていた。凍て付くような寒さの中、IMAGINEの碑に花を置きに行ったりした。


そんなこんなで、日本で手に入るビートルズ関連の本は全部読み漁っていたし、ビートルズのデビュー当時の髪型やスタイルを作り出したアストリッド・キルヒャーに会って色々話をしたりだとか、もうとにかく大好きだったのだ。


ああ、それなのに、私はイギリスに留学して、ずっとリバプールに訪れていなかった。昔ほどビートルズへの傾倒はないけれど、それでも渡英以来、何度も行こうと思ったのに、結局行けたのは帰国2日前。しかも夜行バスで。


まず、到着したのが午前4時。待合室のようなところを出たはいいが、結局いる場所が無くて、マクドナルドに5時間くらいいた。日曜だったので、観光案内所もスタートが遅かったのだ。何やってるんだよ、私!


しかし、動き始めたら本当に楽しくて、


penny

「おお、ここがペニーレイン!」
「この場所がストロベリーフィールズかぁ。」
「ジョンとポールの生家ってこういう位置関係なのね」


と、楽しくて楽しくて仕方なかった。多分ディズニー好きの人がディズニーランドに行った時って、こんな感じなんじゃないだろうか、と思った。


現在、ジョンの生家はオノ・ヨーコが購入し、ナショナルトラストに寄付して運営を委託しているため、ナショナル・トラストのツアーでしか入ることができない。


正直、2日間じゃ全然足りなくて、もっと前に長期間行くべきだった、と留学中の何よりも一番深く後悔したのだが、それでも行けて本当に楽しかった。


2010.10
24
(Sun)
1年間色々とあったけれど、何と言っても思い出深かったのは、アイスランドの火山が噴火して、ヨーロッパ中の飛行機が飛ばず、ウクライナからイギリスに帰って来れなかったこと。


噴火


ウクライナ~イギリス、4,400kmの旅。


ウクライナっていうのは、もうヨーロッパの東端の方で、イギリスまでものすごーく遠かった。それを一大決心して、列車で帰ってきたのだった。


最初のうちは、飛行機が飛ばないので怒り心頭で、授業開始に間に合わない!と1人焦っていた。しかしどうやら自分だけでなくヨーロッパ中飛行機が飛んでいないらしい、ということに気付いてからからは、途中で行く必要のないリヒテンシュタインに寄ったりして、結構楽しんでいたのだ。 パリでひたすら食べまくりの週末も送ったし。


と、いうわけで授業とは全然関係の無いことが一番印象的だった。実はその数ヵ月後、アイスランドにも行ったのだけれど、件の噴火した山は天気が悪くて見えなかったのでした。本当は山に向かって”バカヤロー”と叫ぶはずだったのに!






dubai07


あと、印象深かったのは、プロジェクトで訪れたドバイで、40℃にも及ぶ灼熱地獄の中、スキーをしたこと。


砂漠でスキー。


何と人口スキー場の中は気温4℃!この資源の無駄遣いに「Ecoって何だっけ?」と思いつつも、中東の子供たちが雪で遊んでいるのを見て、”まあ、こんなもんでも無ければ、この子達は雪を目にすることも一生無いのかも”と少しだけ意見も変わった。






あと、若干心残りなのが、パスポートに押される、EUのスタンプについてまとめたのに、そのうちのいくつかの項目が、何を指すのかわからないままだということ。入国審査官の知人とかいないからなぁ…。


ヨーロッパ入国スタンプ解説






イギリスにいた時、湿度の違いを肌で感じて、冬場の高湿度に驚き、以前夏場に行った時の乾燥を思い出して、もしかしたら日本と全然違う湿度変移なんじゃないか、といぶかしんだのだが、ネットで調べても出てこなかったので、わざわざ自分でExcelで東京とロンドンの湿度比較を作ったのもいい思い出。

humidity


イギリスの湿度について


大体こうなんじゃないかなーと肌感覚から思った、その予測通りの結果が出たので、感動した覚えがある。



大体印象深かったことで、今思いつくことはこれくらいかな…。どれもこれも、今となってはいい思い出。



«  | ホーム |  »
プロフ
生きてるだけで、精一杯。

giga

Author:giga
多分、ケム川とケムマキがかかっていますが、気にしないで下さい。

twitter : gigaco

Twitter
 
リンク
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。